考えすぎの状態を抜け出すために

仕事事情について、人間関係は効率化はできないのかもしれない。
最近メンタル関係のことはあまり呟いていなかった。というのも割と調子が悪くなかった。チームの状態が変わってからというもの少しずつよくない状況になってきた。私が苦手に感じている先輩がいるのだが、今はその人の下で仕事をしている。研究開発というのは色々なステージのものがあって、基本的な設計はできていてそのマイナーチューニング品を開発するチームが一つ。もう一つは新たに市場参入するような製品を開発するチームが一つ。私はマイナーチューニングをするチームに所属している。量産化についてはまた別にチームがあって、そちらのチームとも協力しながら進めている。
その苦手に感じる先輩は今まで人を下に付けずにやっていた(ついてもその人が短期で別チームに変わる)。去年から私が彼のもとにつき、仕事を進めていた。仕事は几帳面な方で責任感を持って仕事をするため、個人としての評判が良い。私は良くも悪くも人に合わせるタイプかつ割と細かい仕事は得意だったのもあり、それなりに彼とうまくやっている。実際にこの一年で成果を出せている。ただその一方で、彼を見ることで人を使うことの難しさを実感しつつある。今までついた上の人の中で1, 2位を争うほど私はしんどい。カテゴリーでいうと効率的でドライな人といった感じ。細かい彼のマイルールに合わせることもそうだが、そのマイルールに従って結果だけを否定されることは下につくものとしてはなかなか大変なものがある。私は幸い新人ではなかったので、自分の仕事の範囲を区切ることで彼と仕事で関わる頻度を減らしていった。そうすることで疑似的にほかの人を上司的にすることによって精神の安定を保っている(私の評価者はまた別の人)。そういったわけで下についた人がすぐに変わるのも納得できた。
個人として自分の能力を生かせる場所で才能を発揮できることと、チームをマネジメントして成果を最大化することの能力は全く違うことに改めて気づいた。仕事は極限まで効率化せよという文化で育ったので、とにかく何でも効率化という意識を持っていたが、やはり人間関係は効率化できないなと感じた。人それぞれのマネジメントのやり方はあると思うので、このやり方以外はダメというわけではないことは一言述べておく。私のケースでいえば、その人に実験データや資料を持って行ったときにネガティブなことを言われることの方が多い。そうなると普通の人間の感情としては必要最低限のものしか渡さなくなる。同じチームではあるが、最低限の情報共有という感じ。おそらく定型業務だとそれで何も問題ないし、むしろ効率が良い。しかし、非定型業務かつ何がトラブルの種になったり、新しい改善アイデアになるかわからないような業務だと違ってくる。必要だと思って渡している情報以外のものが本当に重要ということもあると思う。そういった情報がチームとして共有されづらい状況は好ましくないだろう。一方で、私の精神の安定も重要ということだ。
こういう組織で情報共有がしづらいことやなんでも気軽に意見を言いづらい環境を心理的安全性が低いというそう。Googleの調べではクリエイティブな業務では心理的安全性が高い方がチームの生産性が高まるそう。確かにそうなんだろうとは思ったけれど、逆に個人としての成果にフォーカスすれば関係ないんじゃないかと思った。自分の範囲内の仕事だけして、後輩のフォローとかはあまり積極的にする必要はない。非常に効率は良いし、個人として生きていくならコスパがいいと思う。確かに将来への種まきをするっていうのは誰のためなんだろう。もちろん出世して管理職になることを考えれば別だが、そこそこのポジションで満足するのなら成果に直結しない仕事をするモチベーションは何なんだろう。
