認知療法について

最近、認知療法について勉強している。今の世の中で精神的に生き辛いなと感じる人たち(例えば鬱など)は社会と自分の考え方がマッチしていない可能性が高い。認知療法とはそのマッチしていない考え方を改めて見つめなおして矯正していこうというものである。個人的に重要だと思うのは、この時に自分の考え方を否定する必要はない。あくまでも自分の考え方が今の世の中にマッチしていないと考えるべきだ。
今の社会は昔に比べるとグローバル化し、色々なことが分業化されている。製品やサービスの内容が高度化したこともあって、自分たちだけで完結するような仕事をはかなり少なくなったのではないか。例えば、我々化学メーカーもお客さんに色々と話を伺い、こういう材料が必要だと議論する。その過程で色々な原料メーカーとやり取りして、製品を開発する。社内で品証であったり、製造や営業の人たちと折衝しながら製品を作り上げていく。間接部門と関わることも増えただろう。自分だけでは何もできない。色々な人にお願いして、交渉して仕事を進めていかないといけない。
昔のような自給自足の生活であれば、関わる人は少数だったし日々交渉が必要な現代とは事情が異なる。このような生活スタイルでは、むしろ自分のことに集中できるようなタイプは生きやすい。現代になって生き辛い人が増えているとの話があるが、それは現代の生活スタイルがあっていない人が増えているという証なのかもしれない。
ここからは認知療法の実際について勉強してきたことをまとめている。まず認知療法で大切なのは自分自身に抱く全般的な意見で、自分をどう判断し評価するか。人としての自分にどんな価値を置くかである。自分で自分を評価する際には、その評価が事実だと思い込んでしまう。生きていくためのルールと言い換えている人もいる。でもその評価やルールというのは事実ではなく、自分の偏った意見や判断、解釈であることが多い。自分が今までに生きてきた中で、たくさんのことを経験してきた。その経験が肯定的であれば、自然と自己評価も肯定的になっていく。
逆に今までの経験が否定的なものが多いと、失敗を恐れるようになってしまう。難しいことやチャンスから逃げるなどの明白な手掛かりを探してしまうこともあるだろう。失敗を恐れるあまり、厳格な完璧主義に陥っていく。すべてがきっちりとできていないとだめだと思い込んでしまう。物事というのは複雑ですべてがいいものは存在しない。見る角度によってその評価というのはいかようにも変化してしまう。そのため、業績を上げていても自分を信用できず、成果を自分の能力によるものだと信じることができない。
そうなっていくとどんどんと自己評価が低くなっていく。自己評価の低い人は強烈な自意識に悩む。批判や非難に過敏となり、異常なほどの熱意で人に気に入られようとする。他人の自分に対する挙動一つ一つに反応してしまう。その一方で、親密な交際や接触からはたちまち身を引いてしまったりする。どんな犠牲を払っても人を優先させるなど、一つの決まった戦略を守ろうとする人もいる。そのようにふるまわないと人に受け入れてもらえないと感じてしまう。自分にはくつろいだり楽しんだりする価値がないと信じていることもある。
こんなことを文章で読んでいると、なんでそんな風に考えてしまうのだろうと思う人が大半かもしれない。私も冷静になれば、そう思う。ただその場になるとまたこのループに陥ってしまう。何となく、自分の考え方は過剰なんだろうなと客観的に見れるようになってきたというのは一つの進歩だとは思う。少しずつだが、幸せになれる考え方をインストールしていけたらと思う。

